環境犯罪誘因説(かんきょうはんざいゆういんせつ)とは道徳的、或いは医学・栄養学的に好ましからざる環境により、犯罪を誘発するという学説。強力効果論(きょうりょくこうかろん)ともいう。
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これらは英語ではTwinkie defense(「ジャンクフードの食べ過ぎ」抗弁)ないし“Don't blame me” syndrome(「私は悪くない」症候群)とも表現され、主に周囲の環境によって自分は犯罪を犯したのだとする弁護にも利用される。
日本では、主にメディア規制論に絡んで、描写された性表現や暴力表現などの反社会的行為に関する情報に人間(特に、成年者に比べて判断能力の乏しい未成年者)が接することで、犯罪を犯す危険性があるとする、メディア強力効果論がマスメディア上の報道や、インターネット上のコミュニティで話題になるなどしているが、本来は犯罪などがしばしば発生する、治安の悪い地域に育った者が環境に影響され、犯罪行為を犯してしまう傾向があるとする説でもある。
人間は、様々な意味で環境の影響を受けるものであるが、環境犯罪誘因説では、当人の主体性は余り考慮されず、専ら環境から悪影響を被る事で、犯罪を行うと見なしている。
現在に於いて同説は、犯罪行為の全てが、単純に環境によってのみ影響されるものではなく、当人に内在する性格的な問題(人格障害など)により強く関連するものとする限定効果論によって否定されている。
なお限定効果論でも、環境の影響が全く無いとはしておらず、犯罪を起こしやすい要素を持つ人が、環境の影響によって犯罪に走る傾向があるともみなしている。これは当人の持つ要素の程度にも絡むが、社会全体に提供されるメディアやジャンクフードなどといった、様々な商品の内容が「どの程度までなら許容できるか」は、その社会を構成する各個人にもよるため、より微妙な扱いが求められるであろうと思われる。ただこれらの環境の影響は、限定効果論の提唱者のクラッパーがいうように、犯罪の引き金をメディア等がひかなくともいずれ別の何かが引き金を引くためこれをもって単純にメディア等の起因論となす事はできない。
メディア強力効果論の概要
環境犯罪誘因説は、例えフィクションであっても、暴力的ないし猥褻であったり性犯罪的な内容の娯楽媒体(映画・小説・漫画・アニメ・ゲームなど)に触れて過ごす事で、それらに影響されるなどして、実際の犯罪行為を犯してしまうものと考えられている。
しかし近年では、普遍的に暴力的ないし性的な内容を含むメディアが氾濫しているとも指摘される場合があり、これに不快感を覚える者や、実社会での犯罪発生を懸念する者に、同説はしばしば引用されている。環境によって性格を歪めてしまうのか、性格が歪んでいるからそれらメディアに傾倒してそのような環境を形作ってしまうのかは、過去の犯罪事例を見る上で、特に注意すべき点と言えよう。
本項で以下“メディア”とした場合は、特に但し書きが無い限り「暴力的ないし性的な内容を含む娯楽媒体」の意味として扱う。
メディアの立場と規制論
ただ同説ないし同説的な視点に絡んで、「有害な環境」と見なされるメディアに耽溺している状況が、
犯罪を起こしかねない性格異常を引き起こす
危険な性格異常の予兆である
のどちらであるかは一般には余り区別されずに、メディア排斥論に発展する傾向を含んでいる。日本では報道サイドによってもそのような論調も見られ、過去の殺傷事件や児童誘拐事件などと言った凶悪犯罪において、度々犯人や容疑者が極端に偏った娯楽作品に傾倒していたとする報道が見られる。(→おたく)
その一方で、道徳や情操教育等の教育の観点から、それらメディアが児童などの目に触れる環境はやはり好ましくないとする規制論もあるので、その辺りを混同しないよう、注意が必要である。メディア規制反対論者の側は、本説が既に否定されているとしてメディア規制に反論するものの、中には本説による規制と、教育問題に絡む配慮を混同する向きも見受けられる。
所定のメディアを未成年者に与えるかどうかに関しては、各々の家庭などに於ける躾や教育にも絡むため、本説の否定をもって児童らにそれらメディアを与えるべきであるとはならない点にも注意したい(→メディア・リテラシー)。
本説とメディア規制問題
その一方で割れ窓理論に代表されるような、実質的な犯罪的行為でも、微罪となる程度に過ぎない行為を見逃せば、更に大きな犯罪を誘引させるとする説(ただしこちらは実際に運用され、効果を挙げている)もあり、犯罪的な行為を疑似体験することで現実の犯罪にも繋がるとされる残酷ゲームのように、従来の受動的なメディアに収まらない能動的なメディアの発達も、議論の対象となっている。
同説的な視点は「ゲームと現実の区別がつかなくなる」といった言説に結びつき易いが、仮にゲームと現実の区別がつかないのであればゲームの中で十分なはずであり、わざわざリスキーな現実の犯罪に手を染める理屈には結びつかないとする意見もみられる。これには暴力的なゲームによるフラストレーション発散効果を挙げ、他の犯罪的な内容を扱ったメディアに関しても犯罪の抑止にはなっても助長する事にはならないとする声すら聞かれる。
この辺りは「影響がある」にせよ「抑止効果がある」にせよ、どちらも所定のメディアよりの影響が客観的に証明できるだけの科学的な証拠が得られないため、双方の水掛け論に発展している様子も伺える。(→アダルトゲームと表現の規制ないし残酷ゲーム)
社会動向
なお本説は、他の犯罪学研究によって上に述べたような否定がされているにも拘らず、報道マスメディア側を含む世論では多かれ少なかれ相変わらず信奉されており、しばしばメディア規制論に絡んで引用される。
例えば2006年1月18日及び同年9月28日の毎日新聞社説に代表されるように、環境犯罪誘因説を根拠に掲げて表現規制を求める声は(表現の自由の制約に対して最も敏感でなければならないはずのマスメディアにおいてすら)後を絶たない。その背景にはゲーム脳のような学界内ではほぼ否定され尽くしている説を「生理的に受け入れられない」や「TVゲームに熱中する事で勉学が疎かになる」などの他の理由から否定的に考えている層が支持するような現象があるが、メディア規制論に熱心な保護者や政治家の中には、本説を持って論理武装する傾向も見られる。
こうした世論的な後押しもあって、日本では都道府県単位で実施されている青少年保護育成条例の全てが、大なり小なりこの環境犯罪誘因説に立脚したメディア規制(有害図書指定など)を実施しており、最高裁判所も合憲判断を下している(岐阜県青少年保護育成条例事件)。また同様の、環境犯罪誘因説に立脚した表現規制を行っている国家も存在する。このようなメディア規制が敷かれている国には韓国・ドイツ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドなどが挙げられる。
メディア規制に絡む反対の声
メディア規制を実施している国は上に挙げた通りだが、それらの国々に於ける過去の犯罪件数を単純に人口比などで比較すると、特に規制が緩い状態での日本に於ける犯罪発生率は(性犯罪に限定しても)非常に低く、そのような規制を実施しても実効性とは無関係で規制をする側の自己満足にしかならないという意見も存在する。
ただ、そのような単純比較は実質的に、社会的な他の差異(警察による犯罪検挙率の高低や都市構造に絡む抑止効果・文化や思想的背景といった国民性)を無視しており、比較論自体もナンセンスである危険性も含んでいる。この辺りは、他の要因を廃した同一グループ間で、影響の有無を見るべきであろう。
なお、アメリカ合衆国(米国)では同種のメディア規制に関する議論も盛んだが、こちらは本説の否定以前に表現の自由にも絡んで、規制案の違憲判断が司法レベルで下されるなどしているが、その一方で業界団体によるレイティングの設定にも熱心で、小売店レベルでの商品陳列への配慮といった動きも見られる。(→残酷ゲーム規制問題)
日本では、愛好者筋などからの反発の声はネットコミュニティを中心として根強いものの、業界側ではレイティング設定や販売サイドでの年齢確認徹底といった自主的な規制を目指す動きも見られる。教育委員会などによる有害図書指定といった公的な規制も全国的に見られる。
日本では成人向けゲームやアダルトゲームでも萌え市場に絡む製品は、既にこれのみを制作しているメーカーも少なからずあり、また市場としてもおたく市場として無視できない規模でもあるため、未成年者へのこれら「作品」提供で社会問題化して排斥される前に、一定の年齢以下にはそのような製品が渡らないようにする業界ルールを徹底させる事で、市場崩壊を防ごうという背景もある模様だ。
医学・栄養学的観点からの環境犯罪誘因説
「メディアからの悪影響」論と共に、しばしば主張される環境犯罪誘因説には、偏食を始めとする食生活に、その原因を求めるものが存在する。
「キレやすい子供はカルシウムが不足している」と言うものがその代表格であるが、「犯罪者の98%はパンを食べている」と言う有名なジョーク(→「DHMOは、犯罪者の血液や尿から大量に検出される」とも)が存在することからもわかるように、医学・栄養学的観点からの環境犯罪誘因説も、その因果関係を明確に立証されているとは言い難く、この辺りの事情は「メディアからの悪影響」論に近いのが現状である。
トゥインキー・ディフェンス
米国では、環境犯罪誘因説に該当する理論のことをトゥインキー・ディフェンス(Twinkie defense)と言う。
1978年11月27日に当時のサンフランシスコ市長ジョージ・モスコーネとハーヴェイ・ミルク市議会議員が殺害された事件が発生し、この事件の裁判で弁護人の「日頃、健康に気をつけている被告人がトゥインキー(スポンジケーキ菓子の一種)を始めとするジャンクフードの過食にいたるほど、精神的に追い詰められており、犯行時、善悪の判断が付かない状態に陥っていた」とする主張が認められ、懲役5年に減刑されたというエピソードが有る。しかし、「トゥインキーを過食したことにより、犯行時、善悪の判断がつかない状態に陥っていた」と弁護の基準を取り違えて使われることが多い。
これ以後、凶悪犯罪の原因を因果関係の明確な立証をしないまま外的要因に求める理論がこのように呼ばれることとなった。この部分には、殺害された市議会議員が同性愛者であったことに対する偏見が複数人殺害の量刑としては異例とも言える評決の背景にあると指摘されている点を始め、犯罪行為を裁く場に於いて必ずしも専門家ではない者の判断が優先される陪審制の問題点も関係しているといえよう。